公的発言を非難することについて

このエントリは公的発言を擁護も非難もしません。
公的発言を安易に非難するエントリについて思うことです。
 
誰かを名指しで書いているものではありません。
完全に自分の考えで、勝手に提起するだけのものです。
 
まぁ昔、いろいろあったんだけどさ。
友人がマスメディアにひどい目に合わされたりさ。
 
さてと、自分が思うに「公的発言」を
安易にブログ等で非難している人はいるけど、
その発言の経緯を知って非難している人はどれだけいるのだろう?
と思う。非難をするならば、会見全ての発言を知り、
できればそのバックボーンまで知ってから非難するべきだと思う。
つまりは、安易にマスコミの尻馬に乗らないで欲しいと思うのだ。
 
いろいろ公的発言について前に調べたことがあるが、
(マスコミに踊らされるのはうんざりだし、時間の無駄なので今はやってない)
過去に何度か過去に問題となった発言を会見での発言内容はもちろんのこと
バックボーンから全て調べたこともある。
自分的にはそのほとんどが「妥当」な発言と判断できた。
#もちろん、100%ではありません。
#自分的に許せないと判断できた発言もああります。
 
マスメディアはほぼ「その発言」のみしか取り上げない。
そのほうがセンセーショナルで視聴率が取れるからだと思う。
例えば、「Aという観点から見れば、BはCと言えるだろう。」
という発言があったとしよう
マスコミは「BはCと言えるだろう」と言う発言のみを取り上げ、
コメンテーターは「BがCとは言語道断です。Bへの侮辱でしょう」
と声だかに発言する(もちろんちゃんと解説してくれる人もいます)
マスコミは「Aという観点から見れば」は報道しない。
なぜかというとそれは一般的に
「Aという観点から見れば、BはCと言える」のが
普通で妥当だからだ。普通のことを報道しても誰も面白くない。
逆にとれば「Aという観点から見れば」を含めれば
「BはCと言える」と言うことを報道する必要はないわけだ。
マスコミだって競争社会だから、視聴率が必要なわけで、
見てもらうためには興味を持ってもらわないといけない
興味を持ってみてもらうためには
「Aという観点から見れば」はいらない。
「BがCと言えるだろう」という発言だけ取り上げれば、
話題となり、「Aという観点から見れば」を含めれば
話題とはならない。
放映時間の都合もあるだろうが、
多かれ少なかれマスコミはそういう部分に蓋をする。
問題発言のあった会見を全部報道する番組なんて見たこともない。
 
でも、きっと俺が民放で報道する立場となれば、
俺も「Aという観点から見れば」は報道しない。
「BがC」発言をしたのは事実である限り、
たとえ「Aという観点」を報道しなくても
なんら非難される理由はないからだ。
 
「○○発言」。
「○○」以外の内容を知って非難していますか?